講孟箚記-公孫丑上篇-第四章■
「禍福は己より之を求めざる者なし」
この章は、二つの「是の時に及んで」という語が使われている。朱子の註は、このどちらに対しても「ただ日も足らず」、いくら努力しても、なお時間が足りないの意味であるといっている。この註は最も道理が深く味わうべきである。
今や、東よりアメリカ、西よりヨーロッパの諸国が、わが国にせまって来ているが、当局は、本意を枉(マ)げて彼の意に従うのみである。地図を開いてこの情勢を検討してみると、蝦夷のクシュンコタンは既にロシア人が城塁を築いており、松前の箱館と伊豆の下田は、すでにアメリカ人の貿易場となり、肥前の長崎には、イギリスやフランスの来航が頻繁である。
その外、武蔵の神奈川、志摩の鳥羽、摂津の難波などは、外国人がすでに去ったものの、彼らの臭気、まだ消えていない。
以上から見て、わが国のうち、彼らの汚れを受けていない土地は、どれ程であるか。上に在るものは政治教育を修め、士太夫たるものはその学問武芸を練り、農・工・商の人々はそれぞれ自分の仕事に勤め、かくして上下力を合せて、災事を未然に防ぐべく努力し、当局者たるもの、民衆の侮りを受けぬようにするべきである。
しかるに現在の国情はこれに反し、この機に乗じて、ただ日も足らぬというありさまで、日夜遊びほうけているのは、何事であるか。古今を通じ、慨嘆を同じゅうするものである。
「禍福は己より之を求めざる者なし」、禍も福も、いずれも自分の心掛けが招くのである、というこのことばは、甚だ道理が深い。禍の字も福の字も、いずれも示編(しめすへん)に基づく文字である。およそ示編の字は、神・祇・祥・禎の類でわかるように、みな神に関係がある文字である。
それ故に、禍福というのは、世間でいう、天罰があたるとか、神罰を蒙る、または神の恵みを受ける、天の福を承ける、という類いのことである。古今ともに、道理にくらい人間の人情は同じことで、とかく天や神が人間に禍や福を降すように思っているので、孟子は特に、「禍福は天から降るのではない、神より出るのではない、全て自分の方から求めるのである」といったのである。この道理が理解できて、初めて共に道の世界に入ることができるのである。
この道理を理解していない人間は、天や神にばかり諛(ヘツラ)って、自分の行動は修めようとしないのである。この態度を、「福を辞して禍を求める」、自分から幸福と離別して禍いを求めるというのである。
つまらぬ人間の行為は、全てこのようである。気の毒なことだ。
〔講談社学術文庫『講孟箚記』近藤啓吾氏著より〕
==================
皇国の皇国たる所以を説く松陰先生は、日本における本来の神の道についても至る所で言及しており(妹宛の手紙などにも書かれている)はっとさせられるものがある。
神と向き合うということは自分と向き合うということ。 神様は何かをお願いする対象になってしまっているが、古来より身の回りに神々を見いだし生活してきた日本人としては、本来の神の道についても改めて考えたい。
この章については『家之本在身』も是非併せてお読み下さい。
「禍福は己より之を求めざる者なし」
この章は、二つの「是の時に及んで」という語が使われている。朱子の註は、このどちらに対しても「ただ日も足らず」、いくら努力しても、なお時間が足りないの意味であるといっている。この註は最も道理が深く味わうべきである。
今や、東よりアメリカ、西よりヨーロッパの諸国が、わが国にせまって来ているが、当局は、本意を枉(マ)げて彼の意に従うのみである。地図を開いてこの情勢を検討してみると、蝦夷のクシュンコタンは既にロシア人が城塁を築いており、松前の箱館と伊豆の下田は、すでにアメリカ人の貿易場となり、肥前の長崎には、イギリスやフランスの来航が頻繁である。
その外、武蔵の神奈川、志摩の鳥羽、摂津の難波などは、外国人がすでに去ったものの、彼らの臭気、まだ消えていない。
以上から見て、わが国のうち、彼らの汚れを受けていない土地は、どれ程であるか。上に在るものは政治教育を修め、士太夫たるものはその学問武芸を練り、農・工・商の人々はそれぞれ自分の仕事に勤め、かくして上下力を合せて、災事を未然に防ぐべく努力し、当局者たるもの、民衆の侮りを受けぬようにするべきである。
しかるに現在の国情はこれに反し、この機に乗じて、ただ日も足らぬというありさまで、日夜遊びほうけているのは、何事であるか。古今を通じ、慨嘆を同じゅうするものである。
「禍福は己より之を求めざる者なし」、禍も福も、いずれも自分の心掛けが招くのである、というこのことばは、甚だ道理が深い。禍の字も福の字も、いずれも示編(しめすへん)に基づく文字である。およそ示編の字は、神・祇・祥・禎の類でわかるように、みな神に関係がある文字である。
それ故に、禍福というのは、世間でいう、天罰があたるとか、神罰を蒙る、または神の恵みを受ける、天の福を承ける、という類いのことである。古今ともに、道理にくらい人間の人情は同じことで、とかく天や神が人間に禍や福を降すように思っているので、孟子は特に、「禍福は天から降るのではない、神より出るのではない、全て自分の方から求めるのである」といったのである。この道理が理解できて、初めて共に道の世界に入ることができるのである。
この道理を理解していない人間は、天や神にばかり諛(ヘツラ)って、自分の行動は修めようとしないのである。この態度を、「福を辞して禍を求める」、自分から幸福と離別して禍いを求めるというのである。
つまらぬ人間の行為は、全てこのようである。気の毒なことだ。
〔講談社学術文庫『講孟箚記』近藤啓吾氏著より〕
==================
皇国の皇国たる所以を説く松陰先生は、日本における本来の神の道についても至る所で言及しており(妹宛の手紙などにも書かれている)はっとさせられるものがある。
神と向き合うということは自分と向き合うということ。 神様は何かをお願いする対象になってしまっているが、古来より身の回りに神々を見いだし生活してきた日本人としては、本来の神の道についても改めて考えたい。
この章については『家之本在身』も是非併せてお読み下さい。