講孟箚記-公孫丑下篇-第十四章
孟子は斉の宣王にお目にかかった当初から、意見が容れられないことを察して、去らんとする志があったので、俸禄を受けなかった。
この事実から、古人は、いい加減の態度では俸禄を受けなかったことを知らねばならない。
韓信のことばに、「人の車に載るものはその人の心配を自分の心に載せ、人の着物を着るものはその人の心配を自分の胸に抱き、人の食を食べるものはその人のために生命を投げ出す」とあるが、仕えてその俸給を受けるからには、この一身をすべて君に捧げ、君の御用に役立てねばならない。
このことこそ、古人が、いい加減には俸給を受けなかった理由なのである。
今の世の人々は、太平の深い恵みと、祖先の恩によって、沢山の俸給を賜っていながら、このようになった当初のことは知っていないし、俸給を受けることが、いい加減な態度でしてはならぬことを知っている者も少ない。
これらの章においてこのことの本義をよろしく悟るべきである■
==============
いわずもがな、卑近な例ではありますが、わかりやすくいうと報酬を受け取ることの重みを説いていることはおわかりでしょう。
国家公務員であればなおさらのことですが、、、。
ですが一歩踏み込むと先祖代々受け継いできたものを子々孫々まで残すために努めなさい、という話しへ繋がっている一節であると思います。
吉田松陰先生は我々が代々先祖から受け継いできたものを非常に重視されています。
先人の恩恵を受けながら行きている我々は、日々の生活においても徒に過ごすことなく、その重みを受け止め感謝し、子孫へ残し伝えていかなければいけないと教えられています。
孟子は斉の宣王にお目にかかった当初から、意見が容れられないことを察して、去らんとする志があったので、俸禄を受けなかった。
この事実から、古人は、いい加減の態度では俸禄を受けなかったことを知らねばならない。
韓信のことばに、「人の車に載るものはその人の心配を自分の心に載せ、人の着物を着るものはその人の心配を自分の胸に抱き、人の食を食べるものはその人のために生命を投げ出す」とあるが、仕えてその俸給を受けるからには、この一身をすべて君に捧げ、君の御用に役立てねばならない。
このことこそ、古人が、いい加減には俸給を受けなかった理由なのである。
今の世の人々は、太平の深い恵みと、祖先の恩によって、沢山の俸給を賜っていながら、このようになった当初のことは知っていないし、俸給を受けることが、いい加減な態度でしてはならぬことを知っている者も少ない。
これらの章においてこのことの本義をよろしく悟るべきである■
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いわずもがな、卑近な例ではありますが、わかりやすくいうと報酬を受け取ることの重みを説いていることはおわかりでしょう。
国家公務員であればなおさらのことですが、、、。
ですが一歩踏み込むと先祖代々受け継いできたものを子々孫々まで残すために努めなさい、という話しへ繋がっている一節であると思います。
吉田松陰先生は我々が代々先祖から受け継いできたものを非常に重視されています。
先人の恩恵を受けながら行きている我々は、日々の生活においても徒に過ごすことなく、その重みを受け止め感謝し、子孫へ残し伝えていかなければいけないと教えられています。
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