2012年9月7日金曜日

講孟箚記-万章上篇-第三章 〜 いつまでも根に持つな

講孟箚記-万章上篇-第三章

怒りを蔵さず、恨みを宿めず」、怒りを隠さず、怨んでもそれをいつまでも根に持つことがない、という二句が、とりわけよい。
この問題は、弟に対する時だけでなく、仁人の心は、他のすべての人々に対してもこのようなのである。
『論語』に、「怨みを隠してその人を友とすることは、先輩の左丘明も恥ずかしいとしたが、私もまた恥ずかしいと思う」とあるが、それも同じ意味である。
凡そ人と交際する道は、もし相手に対し怨怒することがあったならば、直ちにこれを忠告直言すべきものである。
もしそれができなければ、むしろ怨怒しないほうがよい。
もしそうでなくて怨怒を胸のうちに隠しておき、折りを見てこれを吐き出そうと思ったならば、それは陰険な小人の行為であって、まことに臆病だといわねばならない。

君子の心は天の如くである。
されび怨怒するところがあれば、雷霆の怒りを発することもあるが、そのことが納得いくならば、また青空や太陽の如く少しも心のうちにそれを残すことがない。
これがいわゆる、君子の陽剛の徳というものである。

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これはそのまま文面通りに受け止めて良いと思います。
激情家だが言葉遣いは落ち着いていたと言われる松陰先生ですが、この章にあるように怒る時は
弟子達に対しても激しく怒り、手紙に弟子達の態度に憤慨し「絶交する」と手紙に書きつけています。
管理人としては非常に耳が痛い話しで、怒りを溜め込むタイプなので、心を改めなければと思うこのごろです。



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