講孟箚記-尽心下篇-第四章■
本章は、前章の「我に在るものを求む」を受けて語ったものである。
「強恕して行ふ」云々、大いに努力して、恕、すなわち思いやりを他人に推し及ぼしてゆくことこそ、仁を求めるにもっとも近い方法である、という言葉は、まことに親切の教えである。
骨の折れることを努力してすることと、人の気持ちを思いやりながら行うことから、学問は始まるものであって、これが孟子のいう「強恕」の道なのである。
これ以下三章は、すべて「これより近きはなし」の意を推し広げて、身近の問題を取り上げ、それによって至上の道理を説いたものである。
〔講談社学術文庫『講孟箚記』近藤啓吾氏著より〕
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「骨の折れることを努力してすることと、人の気持ちを思いやりながら行うことから、学問は始まるものであって」云々、この一節は何かを学ぶ時には肝に銘じておきたい言葉ではないでしょうか。
本章は、前章の「我に在るものを求む」を受けて語ったものである。
「強恕して行ふ」云々、大いに努力して、恕、すなわち思いやりを他人に推し及ぼしてゆくことこそ、仁を求めるにもっとも近い方法である、という言葉は、まことに親切の教えである。
骨の折れることを努力してすることと、人の気持ちを思いやりながら行うことから、学問は始まるものであって、これが孟子のいう「強恕」の道なのである。
これ以下三章は、すべて「これより近きはなし」の意を推し広げて、身近の問題を取り上げ、それによって至上の道理を説いたものである。
〔講談社学術文庫『講孟箚記』近藤啓吾氏著より〕
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「骨の折れることを努力してすることと、人の気持ちを思いやりながら行うことから、学問は始まるものであって」云々、この一節は何かを学ぶ時には肝に銘じておきたい言葉ではないでしょうか。
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