講孟箚記-尽心下篇-第六章、七章■
この二章は、「恥」の問題について論じ尽くしているので、これ以上、何も付け加えるものはない。
ただ、君子の恥じるところと小人の恥じるところとを比較してみると、君子は自分に道義がないことを恥じ、小人は名誉がないことを恥じる。
君子は才能がないことを恥じ、小人は官位・俸禄のないことを恥じる。この類を推し広げて、両者の違いを知るがよい。だいたい、小人が恥ずかしく思うところは外見の問題であり、君子が恥ずかしく思うところは内実の問題である。
それはさて置いて、「恥」という一字は、わが国の武士が常に口にするところであって、恥を知らぬくらい恥ずかしいことはない。しかるに武士が恥を知らぬこと、今日に至って極まったという外ない。
されば武士の道を興そうとするならば、まず恥を知る気風を興すことからすべきである。
今日、何が自分にとって第一の恥であるか、第二の恥であるか、第三、第四の恥であるかと、順序に条目を立てて努力するならば、真の恥を知る武士になれるであろう。
〔講談社学術文庫『講孟箚記』近藤啓吾氏著より〕
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別章にて恥と罪どちらが重いものかについて言及している。併せて読むことをお薦めいたします。(どの章だったかは、後ほど紹介いたします)
この二章は、「恥」の問題について論じ尽くしているので、これ以上、何も付け加えるものはない。
ただ、君子の恥じるところと小人の恥じるところとを比較してみると、君子は自分に道義がないことを恥じ、小人は名誉がないことを恥じる。
君子は才能がないことを恥じ、小人は官位・俸禄のないことを恥じる。この類を推し広げて、両者の違いを知るがよい。だいたい、小人が恥ずかしく思うところは外見の問題であり、君子が恥ずかしく思うところは内実の問題である。
それはさて置いて、「恥」という一字は、わが国の武士が常に口にするところであって、恥を知らぬくらい恥ずかしいことはない。しかるに武士が恥を知らぬこと、今日に至って極まったという外ない。
されば武士の道を興そうとするならば、まず恥を知る気風を興すことからすべきである。
今日、何が自分にとって第一の恥であるか、第二の恥であるか、第三、第四の恥であるかと、順序に条目を立てて努力するならば、真の恥を知る武士になれるであろう。
〔講談社学術文庫『講孟箚記』近藤啓吾氏著より〕
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別章にて恥と罪どちらが重いものかについて言及している。併せて読むことをお薦めいたします。(どの章だったかは、後ほど紹介いたします)
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