2012年9月20日木曜日

講孟箚記-尽心下篇-第二章 〜 天命とは

講孟箚記-尽心下篇-第二章■

 本章は、前章の「命を立つ」、天から与えられた生命を全うするという意見をうけて、「正命」と「非正命」との別についての意見を述べているもので、「命」について論ずること、極めて詳細であるといってよい。命というのは天命のことである。

世間一般の人々の考えでは、天命というと、天に心があって、人の行いの善いか悪いかによって吉凶禍福をそれぞれに与えることのように思っているが、これは大きな誤りである。
この章で命といっているものは、万章上篇第六章に「これを致すことなくして至るものは命なり」、人の力で招こうとしないでも、向こうからやってくるものが命である、といっている命であって、すべて人の力ではどうすることもできぬことを、命といったのである。吉凶禍福の類は、みな自分の思い通りにならぬことであるから、これを命というのである。
 

 さて「命に非ざることなきなり」、吉凶禍福、全て命であるといううちに、正命と非正命との区別がある。これについては、前章の『箚記』の中で述べておいた「疾病の譬(タトヘ)」を基準とし、その外のことはそれより類推してこれを知ることができる。
すなわち、家族が頑固な父、やかましい母、思い上がった弟や愚かな子であったり、洪水にあったり、飢え苦しんだりすることは、みな命であるが、これを命であるといって何もせずにいることは、非正命―正命ではないのである。
それは、為すべきことを放棄してその道を尽くさずにいるからである。聖人が心力を尽して天下のために勤めたのに関わらず、その子が丹朱や商均のような、いかんともし難い不肖であったことは、正命とも言えるであろう。
しかし、桎梏、すなわち手枷・足枷されて罪人として死ぬのは、自分から招いた禍いであるから、正命ではないのである。
それは、盗みや賭事のような悪事さえしなかったならば、罪人になるはずは全くないからである。

しかしながら、殷の湯王が夏台に囚われ、周の文王がユウ里に囚われたり、龍逢や比干のような忠臣でありながら、死罪になることを免れなかったのは、これが正命であるか非正命であるか、よくよく考えねばならない。
『朱子語類』にこの問題を取り上げて、
「孟子は、桎梏して死んだ者は正命でないと説いているが、これについて、孟子の真意はどうであるのかということを看ることが必要である。
一つ公冶長を例に取り上げてみると、彼は縲紲(ルイセツ)に在る―縄をかけられて獄に入っていたといっても、彼の罪のためではなかったのである。さればもし当時、許されぬまま獄死したとしても、彼の死は正命でないとはいわれないであろう。
罪があるとか罪がないとかは、結局、自身の問題である。
それ故に古人も、身を殺して仁を成す― 一命をすてても仁の徳を成しとげようとしたのである。」と論じている。

この意見によって、わたくしはこの事を次のように考える。
道義を実践してそのために禍罪にかかるということは、為すべき道を尽した極である。およそ人というものは、道義の外に行くべきところがないのであるから、道義を実践して禍罪にかかるのは、自分の意にまかせぬことであって、これを「これを致すことなくして至るもの」、招かぬのに先方からやって来るものといってよろしい。
そしてこの問題について、われわれは詳細に考えねばならない。

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豊かな、時に脅威となる自然と共に生きてきた日本人には、「なるようにしかならない」という気持ちがあるのを時折感じる。
しかし、人智ではどうにもならない天命と対峙したからといって、為すべきことをせずに放棄することは非正命であるとこの章では諌めている。
本篇の首章に「人事を尽くして天命を待つ」について書かれているが、なされるがままではなく与えられた天命に対して自分の道を尽くすことの重要性を説いている。

終盤の「為すべき道を尽くした極である。」とあるが、東北周遊での友に義を尽くすための脱藩、下田での密航計画など、松陰先生は「道を尽くす極」を自ら実践している。


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